※むっちゃ個人的な見解ですので心地悪い方はスルーで。
私たちの周りには色んなSNSがあって、
私も先ほど、
金曜日に行ったお寿司屋さんの記録をInstagramに上げていて
私が記事をアップする意味ってなんだろうな…と
考えていました。
なんでそう思ったかというと、
先日の講演会で私は白いジャケットに
ピンクのスカートを履いていたのですが
「ピンクのスカートとか履いていると敵が現れませんか?」
という質問を頂いたのです。
その方はピンクが好きだけれど、
そんな服を着ると周りに批判されるのが怖いと感じると正直におっしゃって下さいました。
(頭<思考>の声が大きくて、心の声が聴こえなかったのかも、と気づかれた、とても感動した出来事でした。
数年前の話ですが
「靖美さんのことも、靖美さんのFB投稿も嫌いなんですよ」
と、
結構仲の良かった(と思っていた)、
酔っぱらっていた女性から、面と向かって、
言って頂いたことがありました。
そのときは、落ち込んで1週間くらいは誰にも言えなかったのですが、
時間と共に忘れていき、さっきふと思い出しました。
昔は、私が発信することをどう受け止めるのか、を
とても気にしながら、
外側の評価を気にしながら生きていましたが
最近は、
●かなり個人的に気付いたこと
●シェアしたいと感じたニュース
●感動したこと
●おもしろいと思ったこと
等が、あるときに、
益々自分本位に、評価を気にせずに
このブログだけではなくて
facebookやInstagramでは公開投稿をさせて頂いています。
人目を気にしていないので、とても楽ちんです。
この記事を読んだ方が、もしかしたら不快に思うかも…とかは
気にしていないのですが、
不思議と、共感をもらえることが多くなり、
これは嬉しいことです。
私にとっての発信する意味は…
ですが、自分が感じたことが、
自分にとっても嬉しかったり、
感動であったのなら、
そんな時の感じた嬉しさや楽しさ、そして未来への期待感を、
自分の潜在意識に改めてインプットする
意味があるみたいに感じていて。
実際に、その時は奇跡的だと思っていた感動の出来事や
気付き、自分自身の軌道修正、
とても良いエネルギーの状態になっていることが
いつの間にか、
日常になっていっているように感じています。
例え、別な時に、不快なことがあっても、
どのエネルギー状態でいたいか、
インプットされるのです。

そして、それを日記みたいに自分だけ見れるような形ではなく、
発信する理由は、
私自身も
「素敵だなぁ」「いいなー」と思える人の投稿を見ると、
何か自分にも似たような
幸せな未来がプログラミングされる
ように思っていて。
自分が感じた幸せも、
大切な友人が感じたここと良さも伝播するから、
悪いエネルギーでなければ、
堂々と、怖がらずに
バラまいても良いんじゃないかと思っています。
そして、
本気で裸で書いた言葉は、
その瞬間に同じことを感じたり気付いた方に
共鳴するんです。
私自身も、
何かに迷ったり、悩んでいるとき、
たまたま目にした友達の投稿で
「なるほどー!今、私に起こっていることは、
そういう事だったのかー」
と自分が重なって腑に落ちることがあります。
私にとって必要なタイミングで私が読ませたんだ、
と思ったりもします。
自分からの声だったり、宇宙からのヒントだったり。
勿論、ポジティブなことだけを書くとか、
嫌なことや批判的なことを書くとかは
人それぞれ自由だけれど、
「発した言葉のエネルギーはそれを目にした人に伝播する」
って認識すると
悪い気持ちの状態はあまり振りまきたくないな、と思います。
そんな投稿を見て自分がまきこまれないことも大事。
不安とか、不満とか、批判とか、人への攻撃とかね

だから、
「今更こんなことを言っても」
「違う考え方の人もいるだろうな」
「誰かに批判されるかも」
「独りよがりな話だな…」
とか気にせずに、
躊躇せずにアウトプットしてもよいと思うのです。
どう受け取るかは、
わざわざ受け取り(読み)に来た人の選択です。
そして、
人の幸せな姿を見たら
「いいねー!」「良かったねー!」
と感情を同化させておすそ分けを頂いています(笑)
どのような発信をするにせよ、
「良いエネルギーの状態」で書いているものは、
怖くない、と思えるようになりました。
それで、冒頭に書いた元友人の話に戻ります。
当時、彼女の中の「常識」と私の発信(考え方)が違う点に、
違和感が出てきたり、ザワザワと不快な気持ちを感じていたり、
そんなことで「嫌い」になったのかなと今は思っています。
・人の頑張りや発信を陰で茶化ことに違和感を感じる捉え方
・一人のパートナーと真正面から向き合う在り方の重要性
・外の評価よりも自分の声に従う在り方
こんな考えにシフトしてきた私への
「あなたのやり方は間違っている!」という抵抗のようなものだったと思っています。
もう、進む道や感じ方が違ってきていたのですね。
お互いの違和感が現れた「強制終了」な出来事。
そういう関係は、
例え、過去に楽しい思い出や、
助けてもらった出来事があったとしても
執着するのではなくて、
感謝をしながら手放した方がいいみたい。
今となっては、
彼女が「嫌いだ」というまでに
私が不快にさせてしまった反省すべきことは
確認をしようがないので、
罪悪感は持たずに、それぞれの世界を楽しめたらと思っています。
みんな、変に空気を読むんじゃなくて
自分らしく堂々と発信しましょ!
が言いたかったこと。

写真は、昨夜の「鮨たけ」。
「あり得ないことがあり得るかもしれない」。
人生の設定は天井がなくて、ドラマティックだと思った時間でした。
#無防備に楽しむ
#河野靖美
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株式会社Heart Best
河野靖美
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